35℃の炎天下で見た風景〜エジプト撮影記〜

Atmoph Windowから見える風景は、10人前後のビデオグラファーが体を張って世界中を飛び回り撮影された全てオリジナルのものです。今回は、2019年10月のエジプト・カイロ撮影記をお送りします。日本と全く異なる文化の中、どのようにして撮影が行われたのでしょうか。以下、ビデオグラファー加藤真也さんのレポートです。



img_0280ドイツから半日かけてカイロまで移動し、到着口を出たところでいきなりトラブルに巻き込まれる。空港にガイドがいない。携帯でガイドにメッセージを送るも、もう向かっている、もう着く、の一点張り。ため息がでる。結局迎えが来たのは2時間後。原因は友達のお姉さんがトラブルに巻き込まれて、空港セキュリティが厳しくて、道路が混んでいて、うんたらかんたら。始まりがこんな状態で、先が思いやられる。

事実、この後一週間、この若くてこの上なく怠惰で、でもどこか憎めないガイドとは毎日一方的な怒りのお説教と仲直りを繰り返すことになる。不毛な愚痴だらけになってしまうので詳細については割愛したい。帰国の際、あまりの開放感についつい空港で飲みすぎてしまい、うっかりクレジットカードを紛失した、と言えば雰囲気が伝わるであろうか。一筋縄ではいかない国、エジプト。それがこの国の第一印象。
img_02812011年の軍事クーデーター以降、この国は軍部が力を持っている。その影響は街の各所に見られ、あらゆる通りに警察官や軍隊が目を光らせている。主要な観光地ではセキュリティゲートが設置され、通り沿いには軍事施設も多く見られる。撮影をしてもよい場所、いけない場所の境界は非常に曖昧で、時に袖の下を握らせる荒技も必要である。

普段Atmophの撮影では単独行動が多いのであるが、今回ガイドを雇ったのにはそういう背景がある。三脚を持ったカメラマンなど、彼らにとってはお金が歩いているようにしか見えないのであろう。
img_028210月のエジプトはナツメヤシの実、デーツの季節。収穫された実は天日干しにされて、保存食として食される。干された実は非常に甘く、餡子に近い味わいがある。砂漠の気候と関係あるのかないのか、エジプト人は総じて甘いものが大好きである。紅茶もコーヒーも大さじ二杯の砂糖が基本。飲むたびに「Sweaaaaaaaat!」と叫び、ローカルの人々に笑われるのがもはや恒例行事のようであった。
img_0284エジプト滞在中、食事に関しては良い思い出しかない。エジプト人というのは食事が振る舞うのが大好きなのだろうか、どこに行っても食べろ食べろ、これが美味しいぞ、となかば強引に食べさせようとする。そして、これが本当に美味しい。肉も野菜もどれも新鮮で、野性味あふれる濃厚な味わい。味付け、スパイスも実に日本人の舌によくあう。

当初、生野菜と水は避けていたのだが、三日目が過ぎる頃には我慢も限界で、出されたものはとりあえず全部食べる、飲むようになっていた。食べすぎの胃もたれこそあったものの、腹を下すようなことは一切なかった。
img_0285今回の撮影の大きな目的はギザの有名なピラミッドを撮影することだったのだが、個人的にとても楽しみにしていた場所が二箇所あった。一つ目は「白砂漠」。白い石灰岩質の奇岩が砂漠の中に無数に立ち並ぶ地帯である。

けして乗り心地が良くはない、古いトヨタのランドクルーザーに揺られてカイロからはるばる7時間。今まで世界中の数々の僻地を訪れてきたわけであるが、この砂漠の僻地感は素晴らしい。あっちを見てもこっちを見ても良い景色。ガイドも寝静まる午前5時、日の出を待って奇岩の一つに登ってみる。夜明け前の凪いだ時間帯、鳥も虫もいない世界。音がない。宇宙遊泳をしたらこんな気分なんじゃないだろうかと想像してみる。
img_02762つ目はカイロの「ゴミタウン」。カイロの繁華街からさほど遠くない一角にその街はある。高速道路脇の路地を入っていくと、突如異様な光景が広がる。舗装されてない細い道、無秩序に乱立する建物、路肩に積み上がった巨大なゴミ袋の山、そのゴミを素手で分別する人々、限界まで過積載したトラック。街全体が強烈な異臭を放っている。

驚いたことにカイロのリサイクルはこの街の人間によって手動で行われている。とある写真家は、この街を「地球上でもっとも異常で、地獄のような場所」と表現した。お気楽なガイドも、行き先を告げたらしかめ面するような場所である。
img_0277そんなカオスな街にグラフィティを描いたeL Seedというアーティストがいた。彼は丘の一点からしか全貌が見えない曼荼羅状のグラフィティを50のビルを使って描いたのである。映像を回していると、集合体としてしか見えてなかったゴミタウンの光景にも人の生活があるのが見えてくる。ある屋上には羊が飼われていて、遠く鳴き声が聞こえてくる。また、別の屋上に目を向けると、ビルの屋上に組まれた櫓には、鳩に餌を与えている青年がいた。

街は常に増築されていて、グラフィティも全体の3割はすでに失われている。いつまで見られるのかは誰にもわからない。
img_0278少し話は戻って、砂漠からカイロからの復路でこんな事があった。日も沈んでしばらく経ち、道路脇に目を凝らしても何も見えないような真っ暗闇。糠に釘なお説教をするのに気疲れして、後部座席でうたた寝してると、突如「ガンッ!」という大きな音がした。ガイドが舌打ちをする。エンジン温度が徐々に上昇していく。道路脇のレストランに緊急停止。

どうも石が勢いよく跳ねて、フロントグリルを突き破ってラジエーターに大穴を開けたらしい。ラジエーターに水を入れても漏れてしまう。ボンネットを開けてあーでもない、こーでもないとやっていると、どこから集まってきたのか、続々とおじさん達が集結してヘルプをしてくれる。
img_0279喋っている内容は一切わからないが、ガハハと笑いながら手慣れた手つきで穴がパテ埋めされ、15分ほどですっかり応急処置が終わってしまった。ガイドがお礼にタバコを一本ずつ渡す。皆で一服だけして、また散り散りに消えていった。
img_0274また別の夕方にはこんな事があった。色々あって、ガイドのお父さんには大変お世話になったのだが、彼が突然ピラミッドを見たくないか、と言いだした。聞いてみると現在調査中で閉鎖している中規模のピラミッドがあるのだという。「君に見せたいんだ」と歩きだす。ゲートにつくとセキュリティが明らかに難色を示している。普段穏やかなこのお父さんとセキュリティが5分ほどギャーギャー言い合いをしたのち、最終的に扉が開かれた。後から知ったのだが、彼はこの街の相当な実力者なようだ。

日没の時間帯、撮影できる時間は限られている。急いでカメラをセッティングする。「ピラミッドの上まで登っても良いんだぞ」と言われるが、遠くでセキュリティが恨めしそうにこちらを見ている。日没まで時間もないし、あまり迷惑はかけられない。そして、恐れ多い。二段目くらいにしておく。一通り日没を堪能したあと、共に家に帰る。博識なこのお父さんとの会話は楽しい。エジプトの治水政治からイスラムの教えまで、興味深い話をたくさん聞かせてもらった。
img_0275エジプト人の商売人的ガメつさや、怠けもの体質には辟易する。(全員がそうではないが)ただ、見知らぬ人でも当然のように全力で助ける心意気や、旅人を家族のように受け入れてくれるホスピタリティの高さには素直に感服してしまう。旅が終わった直後は二度と踏み入れたくない国だと思っていたのだが、今となってはあの鬱陶しいほどカオスに満ちた生活も懐かしい。

美しくて鬱陶しくて奥の深い国、エジプト。


文章:加藤真也
この時に撮影されたエジプトの風景は、こちらで見られます。